概要
Jun 13, 2006 by Vulputate
「曲舞」とは、「立烏帽子(たてえぼうし)」や「水干(すいかん)」などといった男装を少年や女性が行い、男性は「水干」の代わりに「直垂(ひたたれ)」といったもので舞っていたと言われている。また、簡単な所作の舞が多く専門に扱っている方以外にも「声聞師(しようもんじ)」なども舞っていたと考えられており「猿楽」に取り入れることによって「曲(くせ)」として、現在でも面影が能に残っていると言われていて、「曲舞」を「猿楽」に取り入れた人物は、「観阿弥」と言われている。その後期には、「幸若舞」が主流となった。また、その「幸若舞」は演技の中に「軍記物」を含んでいることから、「織田信長」「徳川家康」「豊臣秀吉」などから愛顧をうけている。一番の特徴は、ただ単に音楽などにリズムに合わせて舞うのではなく「物語に沿った舞」を披露していることなども人気の一つとなっている。しかし、「劇」としてはまだまだ劣る部分が存在しており未完成であった。